子どもたちは日々、さまざまな「評価」と向き合っています。
テストの点数。
学校での出来事。
先生や友達にどう思われているか。
私たち大人もまた、知らず知らずのうちにその“結果”で子どもたちを見てしまうことがあります。
「うまくできてるかどうか」
「認められるかどうか」
そんな基準が続くと、子どもたちは少しずつ「どうすれば評価されるか」を考えるようになります。

サッカーの場面でも、同じようなことが起きます。
試合に出たかどうか。
うまくプレーできてるかどうか。
周りからどう見られているか。
けれど、その評価は本当にその子自身の成長を表しているのでしょうか。

評価というものは、どうしても「見る側の基準」に影響されます。
何を良いとするのか。
どんなプレーを評価するのか。
それによって、同じプレーでも価値が変わってしまうことも少なくありません。
そしてもうひとつ。
評価の中には、評価する側の「こうあって欲しい」という想いが含まれます。
それは、願いであり、期待であり、ときに“エゴ”とも言えるもの。

もちろん、それが悪いわけではありません。
大人が子どもを想うとき、そこには必ずそうした気持ちが含まれるからです。
ただ、その評価だけで子どもを見てしまうと、子ども自身の感じていることや、考えていることが見えにくくなることがあります。
だからこそRayoNAGOYAは、「評価」よりも「問い」を大切にしています。
なぜそのプレーを選んだのか。
なぜ前に進めたのか。
なぜうまくいかなかったのか。
すぐに答えを与えるのではなく、子どもたちの中に問いが残ること。
その状態を大切にしています。

評価を基準にすると、子どもたちは「正解」を探すようになります。
『問い』を基準にすると、子どもたちは『考える』ようになります。
私たちが目指しているのは、誰かに認められるためのプレーではなく、自分で考え、自分で選べる選手。

チームについても同じように考えています。
「評価の高い選手が出場する」という考え方ではなく、そのときピッチに立った選手たちがどんな問いを持ちどんなプレーを選び、どんな答えに近づいていくのか。
その可能性を最大限に信じて、ピッチに送り出しています。

選手がひとり変われば、チームのプレーも変わる。
それは能力の違いだけではなく、持っている問いや感じ方が違うからです。
私たちは、子どもたち一人ひとりの中にある「問い」や「考える力」を信じています。
すぐに評価するのではなく、少しだけ待つこと。
すぐに答えを出すのではなく、一緒に考えること。
その積み重ねが『子どもたちの主体性やこれからの成長につながっていく』と考えています。
『評価で揃えるのではなく、問いでつながる』
RayoNAGOYAは、その集まりであり続けます。
