「自分で考える」
「自分で選ぶ」
「自分で決める」
すなわち『自由』
サッカーを通して学んで欲しい力のひとつです。
でも今日は、その先にある話をします。
『自由の先には、何があるのでしょう』

自由は、何でもしていいことではない
「自由にやってもいいよ」と言われたとき、少し戸惑った経験はありませんか?
「何でもしていい」というのは、実はとても難しい。
なぜなら、自由には必ず「選ぶ」がついてくるからです。
パスを出すか、ドリブルで行くか。
打つか、預けるか。
そのひとつひとつは、どこかで誰かに影響しています。
それでも自由とは、選べること。
そして、選ぶということの背景には、責任の存在があります。
判断には、責任がある
自分で決めたプレーが、うまくいかないこともある。
そのとき、
「フリーなら呼んでよ」
「相手が来てるなら言ってよ」
と言ってしまえば、楽かもしれません。
でも、RayoNAGOYAで育てたいのは、成功や失敗に関わらず自分で選んだプレーを、自分で受け止められる強さ。
『うまくいったら喜ぶ』
『うまくいかなかったら学ぶ』
どちらも、自分の選択の結果だと認める。
それが、責任です。
責任は、重たいものじゃない
「責任」と聞くと、何か重たいもののように感じるかもしれません。
でも本質は、少し違います。
責任とは、『自分の行動が、仲間やチームと繋がっている』と知ること。
『自分の存在が、仲間と共にある。自分の行動が、チームや仲間を助けられる可能性がある』と知ること。
だからこそ、真剣に選ぶ。
それは重さではなく、『プライド(誇り)』に近いものです。

自由と責任は、セットで育つ
自由だけがあると、チームはバラバラになります。
責任だけがあると、とてもサッカーは窮屈になります。
RayoNAGOYAが目指しているのは、自由と責任が共存する環境。
選手自身が『自分で考え、自分で選び、その選択にプライドを持ち責任を負う』チーム。
その積み重ねが、判断力を育て、信頼を育て、チームを強くします。

どんな選手になりたいですか?
どんな選手になりたいかを考えるとき、「何ができるようになるか」だけでなく、もうひとつ考えていきたいのは
「どんなことを選ぶ選手になりたいか」
自由にプレーできることは、幸せです。
でも、その自由の先には、必ず仲間とつながる責任がある。
RayoNAGOYAは、自由を与えるだけでなく、子どもたちが仲間を感じ成長できる環境を守っていきたいと思っています。

